劇場アニメ「コードギアス 復活のルルーシュ」 ~感想

劇場アニメ「コードギアス 復活のルルーシュ」を観ました。
以下、多少のネタバレを含む感想となります。ご了承ください。
(アニメ「オカルティック・ナイン」のネタバレも含みます)

 

以前(2018年6月16日)のブログで「復活のルルーシュ」について不安が増した、と書きましたが結果は思ったほど悪くはありませんでした。と云うのも【コード継承によるルルーシュの復活】を公式の映像として観る事が出来たからです。

 

TVシリーズコードギアスの終わり方は、一般的にはルルーシュは死んだというふうに受け取られる描かれ方をしていますが、実はルルーシュは生きているのでは?と読み取る事も出来る様なルルーシュ生存の可能性も残した終わり方をしていました。作品の完結のさせ方・見せ方としてこれはまぁ有りかなと思っています。アニメ制作側が視聴者に、観たままそのままにルルーシュは死んだと受け取ってもらうのか、実は生きているのではという望みを、含みを持たせる終わり方としその判断を「視聴者」に委ねるという形で作品を締めるのは有りだと思っています。

しかし、これをやる場合、「アニメ制作側」もどちらが正解か真実であるかを決めていないという事が前提であるべきだと考えています。

 

もし監督、脚本家をはじめアニメ製作スタッフ内ではルルーシュが生きている事は確定していて、それを敢えてどちらか分からない様にどちらとも取れる様な形として結末を描く事は「ズルい」「卑怯」だと思っています。内輪に、本当は決まっている、確定している真実があるのにそれを知る事が出来ない外にいる視聴者に対して不誠実であると感じるからです。

 

おそらく製作スタッフ内ではルルーシュが生きている事は確定していたのだと自分は考えています。しかしその内輪で確定している「ルルーシュの生存」を視聴者に類推できる形で、それとなくでも判る様に伏線を張るなどして描き切る事ができていなかったのが問題だったのでしょうね。本来であれば最終回放映後、ルルーシュ死亡派:生存派が5:5くらいで意見が分かれる様な展開であるべきだったと思うのですが、生存派は主にネットを中心に2~3割といったところではないのでしょうか。実際自分もネットで生存説を知るまでは、ルルーシュは死んだものと考えていました。視聴者のほとんどはルルーシュ生存の可能性に気付く事なく、だからこそ今回の映画でルルーシュが復活する事に賛否が出ているのだと考えます。本当はもう少しTVシリーズ内で生存説を支持するための材料を残しておくべきであったと感じます。

 

今劇場版ではその「ルルーシュの生存」を、アニメ制作側が答えとして持っていた【コード継承によるルルーシュの復活】を描き切ってくれた事に素直に嬉しく思いました。

 

しかし、やはり色々と納得できない事もあります。「Ⅲ 皇道」の感想でも書きましたが劇場版「Ⅲ 皇道」ではTVシリーズで存在してたルルーシュの最期ナナリーが触れて記憶流出が起きる映像がカットされていました。ネットのルルーシュ生存説の拠り所となるルルーシュがコードを継承した事を示唆する数少ないシーンであり、そこを意図的にカットしたという事はルルーシュの復活はコード継承によるものではない事を示しているのかと思ったのですが結局はコード継承による復活でした。しかしそれでは何故カットしたのか全く意味不明です。コード継承ではないと思わせるためなのかそんなミスディレクションのためだけにTVシリーズでは存在していた映像を敢えてカットしたのかファンを騙すため欺くためだけにそんな演出をしたのか、と納得ができないのです。

 

他に、本編の内容についても納得できない事があります。
シャムナのギアス能力について。これはギアス能力の範疇を超えてるだろうと。。。
ギアス能力は全て、精神や意識に作用する能力であると思っています(ビスマルクの「未来を読むギアス」は一見逸脱している様ですがこれはマオの「心を読むギアス」と本質は同じでありマオが「他人の心」を声・音として聞いているのに対しビスマルクはそれを視覚情報として見ているという事だと解釈しています)。

 

シャムナの「6時間前に戻るギアス」はいくら元の「先読みギアス」がどんなに「変異」したといってもちょっとやり過ぎだろうと感じます。これまでのギアス能力が「精神や意識に作用する」というルールの中にあったのにいくら突然変異したとしてもルールもへったくれもなくぶっ飛び過ぎな能力だろうと感じています(しかしこれも無理矢理解釈しようとすれば「精神や意識に作用する能力」と解釈できない事もないのですが…。「オカルティック・ナイン」というアニメで、肉体と魂(意識)では時間の進み方が違うという面白い設定があり、それを利用して魂だけの状態から肉体に戻る事で過去に戻る事ができるというお話がありました、今回の「復活のルルーシュ」においてはシャムナの意識だけがこの「オカルティック・ナイン」の設定と同様に6時間分早く進み未来を見る事ができて自らの死をトリガーに元の肉体に戻れるという能力と解釈する事で「精神や意識に作用するギアス能力」の範疇であると無理矢理説明はできます…しかしシャムナはルルーシュや近衛など肉体を持つ周りの人間と普通に会話をしていてシャムナが魂(意識)だけの存在であったという説明がつきません。また何とか無理矢理納得して「精神や意識に作用するギアス能力の範疇である」と考える事ができたとしてもそれはそれでギアスが「変異」しなくても発現し得る能力となり「変異」の異常性が弱まってしまいます…。と、このシャムナのぶっ飛んだギアス能力について納得しようと考えると色々無理がある解釈となってしまうのです)。

 

あとは、シャムナが「なり損ない」というのがよく意味が分かりません。
ルルーシュはコード保持者の「なり損ない」という状態であるために、本来は使えなくなるはずのギアス能力をコード保持後も使える様になっているという「変異」が発現していました。しかし不老不死であり蘇生はしますが蘇生後に心が迷子になるというリスク、通常のコード保持者の様に正常に蘇生されないリスクがあると解釈しています(おそらくルルーシュがもう一度絶命し蘇生する事があれば再び門に行って迷子の心を見つける必要があるのではと思っています)。
そしてシャムナの場合は「不老不死」は得られなかったが「ギアス能力」の「変異」が発現したと考えています(「不老」にはなれなかったと思ってますがその「変異」したギアス能力で結果的に「不死」にはなっています…)。

 

しかしここで分からないのがシャムナもルルーシュと同じタイミングでコード保持者になったのか?という疑問です。C.C.は「なり損ない」という呼ばれ方はしていません。コード保持者になったのは何百年も前であり、「なり損なって」はいません。「なり損ない」が発生したのはルルーシュがCの世界を壊したときにコードを保持していた者、であると考えられます。しかしそんなピンポイントのタイミングでシャムナもコード保持者となっていたのかという疑問、C.C.やV.V.の他にまだコード保持者が居たのか、他にもいるのかという疑問が出てきます。(シャムナが以前からコード保持者であったとは考えられません。正常なコード保持者であったならばギアスを他人に与える能力があるはずで、持っていても決してマイナスになる事はないギアス能力を、戦力を売りにしている自国の将官や弟に与えない理由がないからです…(まぁギアスが暴走した時の危険性はありますが))。

 

最後にL.L.とC.C.が出てきますがこの二人はどういった状態なのか?L.L.は正常なコード保持者になったのか、なり損ないのままか?C.C.は不老不死ではなくなったのか?などの疑問もありますがそこはおそらく「次」のコードギアスで描かれることになるのかな(もしかしたらBDやDVDのブックレット等で確認できるかも)と期待しています。
個人的にもうそろそろBD/DVDの発売と同時に「次」のコードギアスの新たな動きが発表されるのかなと考えていて、10年越しに【コード継承によるルルーシュの復活】という納得できる形で答えをみせてくれた作品の「次」を楽しみに待っていたいと思います。


(2019年08月06日00:20mixi日記投稿分)