アニメ「「お前ごときが魔王に勝てると思うな」と 勇者パ―ティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい」 ~感想

録り貯めしていたアニメ「「お前ごときが魔王に勝てると思うな」と 勇者パ―ティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい」を一気観しました。
以下、多少のネタバレを含む感想となります。

 

 

変なタイトルで何だこの作品は?ギャグ・コメディジャンルか?と思って観てみたらなんてことはない、いたって普通のありふれた導入から始まる「なろう系」の追放もの作品でしたよ。


ただ普通の追放ものと違うのはざまぁ展開へと続く様なストーリー構成になっていないこと。まぁ正確に言えば主人公が抜けた勇者パーティは主人公が在籍していた時ほどには上手くいなくなり…というある種のざまぁ展開は(主人公が居ない所での)描かれ方はするのですが、基本的には主人公はパーティーを抜けて新たに別パーティーで魔王討伐を目指すとかはしなくて、スローライフ系の作品へ移行する感じの構成となっています。

追放ものからスローライフ系へ移行するのは珍しくはあると思うのですが、そこまで/そこ止まりですね。
「なろう系」だからと言ってしまえばそれまでですが、色々と納得のない設定、展開がモリモリ在ります。

 

 


まず主人公の反転という能力…、冒険中なぜ誰もその能力に気付けなかったのか全く納得がない。反転という能力名は分かってるんでしょ?だったらその能力の効果を検証しようとしないのか。なんか主人公に回復魔法をかけようとするのを賢者が「コイツに回復魔法なんてもったいない」と止めて…みたいなエピソードが語られていてそれで反転の能力・効果に気付くきっかけを一つ失ったという構成だったと考えるのですが、いやその構成が強引で滅茶苦茶、展開ありきの不自然な流れであり全く納得がないお話の構成となっているのです。

 

 

また、反転という謎能力持ちでお荷物扱いだった主人公という設定ですが、勇者パーティーに主人公が必要と告げたのは神様という設定なのですよね?それを役に立たないからお荷物だからと託宣を無視するって、おいおいおいお前ら勇者パーティー自身も神のお告げでもって結成されてるんだろ?それを、この世界の神への信心度がどれくらいか分からんけど神様が主人公は必要だと言ってパーティーに入れたのにその神様の言葉を軽く扱い無視して追い出すって神様が決めた自分たち(勇者パーティー)自体を、そしてこの世界の宿命・運命、世界観というものが根底から崩れる様なことをよう出来るなぁ、と全く納得がない構成・展開、設定なのですよね。

 


まぁ「なろう系」だから作者はそこまで考えが及んでいない・考えることも出来ないという事なのでしょうが…、自分が創造、設定した世界観が滅茶苦茶になる、支離滅裂になる、納得がないものになるとか微塵も考えないのかしらホント。。。

 

 

 

で、あとのお話の中身については何かこの作品ちょっと百合ものも入っているのよね(主人公は女性)。追放ものでスローライフ系で百合要素も入れるってなんかゴチャゴチャしててもう闇鍋みたいになってるわ…。色んな要素をごった煮してしまって訳分らなくなっているのですよね。色んな要素を手当たり次第に取り込むのではなくて一芸特化で伸ばした方が良いと思うけどな…。

 

例えばこれ、追放ものでやろうとするのならば魔王討伐へまたシフトする事になるのか?そうすると日常系スローライフ系は終わるという事になるのだけど…。魔王討伐とスローライフ系は両立しないので結局はどっちも中途半端になってしまうのですよね。この作者はどう考えてんだろ?何も考えてないのか、どちらも中途半端に終わらせる気なのか?

日常系でやるのなら追放もの設定は最初から不要だと思うのですよね。異世界ファンタジーの日常系(魔王討伐などしない系)で直近で面白かったのは「29歳独身中堅冒険者の日常」が思い出されますが、日常系(魔王討伐などしない系)でやるのであれば「29歳独身中堅冒険者~」の様にガッツリ腰を据えて笑いあり涙あり感動ありみたいな構成にしてくれれば良いのに…、まぁ「なろう系」作者には無理か…。

 

 

 

無駄に長ったらしいタイトルで世界観設定、能力設定、キャラ設定、構成要素、物語展開等々納得のないものばかり、中途半端さが目立つ残念な作品でした(ある意味「なろう系」通常運転)。
作品の評価としては、可もなく不可もなくとなります。

 


以上