小学館「マンガワン」問題についてSNSで騒がれている事自体は知っていました。先週の金曜(2026/2/27)昼頃からトゥイッター(X)上で話題になっているのを見てSNS・ネット上の情報だけですがずっと追いかけてはいたのですよね…。小学館で連載を持ってる多くの漫画家が義憤に堪えない思いを表明し当該サイト/アプリへの自身の作品の配信停止を訴えていましたね。また小学館以外での連載を持つ漫画家も、当該担当編集の人道にもとるその行いは出版社・編集部と漫画家の信頼関係を壊す裏切り行為であると強い批判の声が上げていましたね。
その流れの中で、声を上げない(配信停止や批判姿勢を表明しない)漫画家への批判や意思表明はしたもののその文言・言葉尻を捕らえて批判する訳の分からない気持ち悪い連中も湧いてきたのですよね。
私はある時期から「はじめの一歩」で有名な漫画家・森川ジョージさんのトゥイッター(X)を追いかけていて、その森川さんの交友関係(X上でのやり取りやスペースでのやり取り)から弓月光さんや島本和彦さんのトゥイッター(X)も拝見していました。今回の件でお二方(弓月さん、島本さん)もXで意思表明されているのですが、そこへ言葉尻を捕らえて変なイチャモンを付けてる気持ち悪いのが湧いていてイライラして見ていたのですよ。
炎上に慣れている森川さんはともかく(冗談です)、炎上慣れしていないであろう弓月さん、島本さん(初炎上だったりするのでは)が気を病んでいないか心配になったのですよね(と同時にお二方の気を病ませている悪意あるコメントしてる気持ち悪い連中にイライラもしてました)。
特に島本さんの方はネットニュースでも取り上げられたりしていて、島本さん(のあの性格)はああ見えて実はとてつもなく繊細な心の持ち主ではないのかなと思っているのでホント今回の件で心を病まれてないか心配なのですよね。
私が使っているトゥイッター(X)はブログをアップしたお知らせ的な使い方しかしておらず基本的にはリプライ・引用・コメントは行わないのですが、島本さんへ悪意あるコメントしてる気持ち悪い連中にはさすがに反論コメントしてやろうかと思ったほどイラっとしたのですよね。
(ネットニュースで取り上げられていた「意識的に隠そうとしたわけではないと考えます」の部分…当然私も島本さんの意思表明のコメントを読んでいます、その上での感想となります。私はこれは普通に「小学館という出版社全体で隠していた訳ではない」という意味に受け取りましたけどね。
事件の加害者である漫画原作者とそれと共謀した担当編集は確実としてあとは当時の編集長くらいで「~関わった人は多くない~」だろうと島本さんは考えられていて「マンガワン」部署を超えて他の部署全ての小学館社員も承知の上の出来事だったとは思わない/思えないという意味での「出版社として/小学館全体として~意識的に隠そうとしたわけではない~多くの小学館社員は知らなかったはずだ」という意図…それが普通の受け取り、解釈だと思うのですが…。なんか最初から悪意を持ってコメントを読んでいる様な気持ち悪い思考を感じるのですよね。島本さんへ悪意あるコメントをしている連中はおそらく島本さんの漫画を読んだ事もない連中なのでしょうね。島本さんがどういう漫画を描いているどういう人物・性格の人なのかも知りもしない連中だから少しでも引っかかる表現を見つけて鬼の首を取ったように騒いで集っているのですよね。
ホント島本さんはそういう輩のコメントなんか気にしないでいて欲しいわ…。
これはあるプロゲーマーのSNSでの悪意あるコメントについての言葉ですが「ファンからの言葉は何分も考えてくれた言葉だと思うけど悪意あるコメントは4秒くらいで考えて書き込んでる。4秒の言葉より何分も時間を使ってくれた人のことを考えた方が良い」。この考え方は素晴らしいなと感心したのですよね。
島本さんもファンでも何でもないどこの誰かも分からない勢いだけで何も考えずよく読みもせずに書き込んでる奴の言葉なんか気にせず本当のファンの言葉を大切に受け取って欲しいですね)
弓月さん、島本さん、森川さん(その他標的になってる漫画家含む)へ悪意あるコメントしてる気持ち悪い連中は共通していきなり喧嘩腰なのですよね。
連中はX上のコメントのその文言・言葉尻を捕らえていきなり喧嘩腰で批判しているのですが、いや…まずは質問の形式から入るべきだろう、と思うのですよね。
コメント内に気になる文言、引っかかる言葉・表現があったのならまずは「その言葉の意味は~という意味でしょうか?」「~という意図で使用されているのではないですよね?」とその発言/言葉の意図を尋ねる・確認する事から始めるのが筋、順序だと思うのですよね。それを連中が自分で勝手に決めつけで思い込み判断していきなり喧嘩腰で悪意あるコメント、「撤回しろ、謝れ」と理不尽というか意味不明な会話の成り立たないアホな気持ち悪いムーブをかましてるのですよね。
というかそもそも今回の事件を起こした訳でもない漫画家個人への批判が向く事がおかしいのですよね。漫画家個人へ悪意あるコメントしてる気持ち悪い連中のその憤り・思いは出版社・小学館へ向けるべきだろうに。
今回の事件を起こした訳でもない漫画家個人へ怒り・憤りをぶつけて何になるのか、何が変わるのか。その思い全てを訴えるべき相手は出版社・小学館だろうに何してんだこの連中は?気持ち悪い…、という感じで見ています。。。
今回の事件を起こした訳でもない/批判される謂れのない漫画家が悪意あるコメントで悩まされているこの現状…これは全て出版社・小学館の対応の悪さ/遅さが原因だと私は考えています。
小学館で連載を持っている漫画家個人のひとり一人が「自身の作品を配信停止してくれ」と出版社・小学館へ訴えなければならないこの現状がおかしいのです。
漫画家個人ひとり一人が意思表明をする必要がない様に出版社・小学館が先んじて①「マンガワン」アプリでの全作品の配信を全て停止する。②問題を起こした担当編集と事件加害者の漫画原作者及び今回の問題の関係者を厳正に適切に処分した上で新しいアプリ/サイトを立ち上げて配信再開・移籍を確約する。…今問題の関係者の処分・調査には時間が掛かるかも知れませんが、取り急ぎ「マンガワン」アプリでの全作品の配信停止と今問題を取り除いた上での配信再開・移籍しての連載継続の確約を小学館が全責任を持って素早く示してさえいれば漫画家個人ひとり一人が意思表明をする必要がなくなり謂れのない批判をされることもなかったと思うのですよね…。「セクシー田中さん」の時も対応表明・調査・報告が遅かったけど何も反省してない何も学んでないいつまで経っても変わることのない停滞した企業なのかね。。。
ここまで書いてきましたが正直上述した内容については私が思っているだけで外へ発信するまではないかなと考えていました(今回の問題の裏にある事件が被害者もいる事だし…と※※)。
(※※…今回の問題にある事件の被害者は今のような状況/ネットニュースでも取り上げられる様な大事になるのは考えていなかったのではないでしょうか…。事件後の裁判での事件加害者の態度などからも反省が見えない言動の中での連載作品の再開は到底許せるものではなかったでしょう。事件被害者が連載作品の中止を求めた事、中止撤回の条件として事件加害者の漫画原作者が行った事を公表することを求めたというのは至極当然のことと思います。しかし、事件加害者である当該漫画原作者とその担当編集は事件被害者の想いを蔑ろにし無下にし金で黙らせようとし、ペンネームを変えて新たな連載を始めているのですよね…。事件被害者としては「この漫画原作を描いているのがどういう男か知って欲しかった」というあくまで事件加害者である漫画原作者へ焦点が当たる事を望んでいた、社会的制裁を望んでいたと考えるのですよね。それが…ネットを中心に騒ぎが大きくなっていき事件被害者が最初に求めていた考えていた以上の騒ぎになっていったのではないかと私は考えています。私は事があまり大きくなりすぎると興味本位のマスゴミが動き出して過去の事件そのもの、事件被害者へも焦点が当たる事になり、それは(事件被害者に焦点が当たる事)は事件被害者は決して望んでいないことだと考えています。その意味であまり大きくなりすぎる事、騒ぎ過ぎてしまう事に躊躇いが在ったのですよね)
今回の問題が騒がれ始めた当初、私が思ったのは「性加害の漫画原作者に関する問題」ということで「アクタージュ」が思い出される/話題に出されるだろうなと考えていました。
案の定、トゥイッター(X)では「アクタージュ」の件と並べて語られていて、私は「あぁこれでは『アクタージュ』の再開・復活が遠のいてしまうな」と思ったのですよね。
私は私のブログ内で「アクタージュ」タグを作っているほど「アクタージュ」にハマっていたのですよね。そのブログの中で私は「アクタージュ」原作者のマツキタツヤさんの復帰、「アクタージュ」の再開・復活を願っていました。
(過去ブログリンク:「『アクタージュ act-age』について~終」)
そして昨日(2026/3/2)に出てきた情報…、なんとその「アクタージュ」の原作者・マツキタツヤさんが名前を変えて件の「マンガワン」で漫画原作者として活動しているという…、驚きましたね。
「アクタージュ」ファンで漫画の感想や事件当時の思いも綴っていた身としては件の「マンガワン」にマツキタツヤさんの名前が出てきてはちょっと黙っている訳にはいかないと考え今回思いを書くに至ったのですよね。
ペンネーム変更…「マツキタツヤ」のペンネームを目にしたら事件被害者が事件の記憶を思い出してしまうかもしれないという事件被害者へ配慮しての変更であることが述べられていました。
理由としては理解しますが、私としてはペンネーム変更自体は構わないと考えるのですがそれとなく示す/作者コメント欄等で「アクタージュ」の原作やってました、みたいなカミングアウトが欲しかったですね。
というのは、やはり応援をしたかったから、マツキタツヤの復帰を願っていた身としては普通に素直に応援したかったからです。小学館は(原稿紛失事件以来)嫌いなので基本的に小学館掲載の漫画作品は読むことがなく、そこで名前/ペンネームを変えられていては知りようもなく応援しようもないのですよね…。
「『アクタージュ act-age』について~終」でも
ペンネームの変更についても言及していますが、
>もし被害者がジャンプ読者であったならば、「タイトル変更」や「ペンネーム変更」したところで否が応でも「マツキタツヤ作品」が目に入る事になります。その様な場合は掲載紙をよりマイナーな物に変えるという事や被害者の目になるべく入る事のない配慮・意識的に見ようと思わなければ見れないという配慮が必要となるでしょう。
と書いている様に事件被害者がそれを求めるなら「ペンネーム変更もやむなし」と考えているのですが、今回は求められた訳でも了承を得た訳でもないペンネーム変更であったのが私の考えとちょっと異なる所だったのですよね。
ペンネーム変更するにしても被害者に了承を得る(「マツキタツヤ」から変更して別名で創作活動を再開する旨を連絡するという事。被害者が業を背負ったまま十字架を背負ったまま「マツキタツヤ」のままで行けというのならペンネーム変更するべきではない、というお話)、
そして変更したなら読者にもそれとなく示すみたいな事をやった方が良いと思うのですよね。おそらく編集部の思惑としては純粋に作品で勝負したい、色眼鏡で見て欲しくないという思いからだとは考えるのですが、(私は未読ですが)作品が面白く人気が出てアニメ化など決まったとしたらどこかのタイミングで「アクタージュ」原作者だったとカミングアウトする事は果たして出来たのでしょうか?カミングアウトすることなく黙ったままで後からバレた場合を想像するとちょっと世間の反応が怖いのですよね。
そういう事を考えると早い内にそれとなく示すこと・カミングアウトをやっておいた方が良かったのかな…、今回のことはそのタイミングが得られたのかなと思っていますよ。
今まではマツキタツヤの復帰あらため八ツ波樹作品の存在を知らなかったのですが、知ったからには私は全力で応援していきますよ!
上記に関連して、過去ブログでも語っていた「犯罪者の社会復帰」について改めて述べさせていただきます。
「『アクタージュ act-age』について~終」で述べた事の繰り返しとなるので内容を抜粋・転記しますが、罪の償い、更生・反省後であるというのは前提として、犯罪者の社会復帰は認めてしかるべきだと考えています。
「アクタージュ」の件を例に挙げて
>もし被害者がジャンプ読者であったならば、「アクタージュ」連載再開したときに、「タイトル変更」や「ペンネーム変更」したところで否が応でも「マツキタツヤ作品」が目に入る事になります。
>その様な場合は掲載紙をよりマイナーな物に変える(ジャンプからWEB掲載誌へ)という事や被害者の目になるべく入る事のない配慮・意識的に見ようと思わなければ見れないという配慮が必要となるでしょう。
>出版社が被害者のために出来る事・出来得る範囲としてはこの辺りまでではないでしょうか。
>被害者感情に配慮し「被害者の事を考えもう二度とマツキタツヤ原作は掲載させない、創作活動を許さない・出版を認めない」~「犯罪者の創作物が犯罪被害者の目に入る可能性がある限り創作系の活動は許されない」というのは行き過ぎであると思うのです。
>もし「許されない」とする考えであるのならば、それは職業に貴賤をつける事であると言えます。
>社会復帰を望む犯罪者に相応しい職業/相応しくない職業というものが果たして存在するのでしょうか?
>社会が・世間が「犯罪者だから」この職業に就いてはダメ、犯罪者が就く職業は○○が相応しいと決める事は正しい事なのでしょうか。
>創作系の職業の場合、その創作物を評価・その創作物にお金を出すかどうか・その職業で食べていけるかどうかを決めるのは世間一般になります。
>その職業に就くことを認める/認めないは世間がその時に評価・判断すれば良いのです。
>「社会」が犯罪者の社会復帰の職業に枷を掛ける事、そのチャンスの目を最初から摘むというのは行き過ぎ・必要ない事なのです。
上述した内容は事件当時の/過去のものですが私の思いとしては今も変わりなく同じ考えなので今回のマツキタツヤ改め八ツ波樹としての漫画原作者復帰はファンである事も併せて全力で応援するつもりです。
もし世間が八ツ波樹作品にそっぽを向く、人気が得られない、打ち切りとなる、食べていけなくなるとなった場合そこで初めて創作という職業に就くことを認められる/認められないが判断されるものと考えており、その判断が下される前から許さないとか排除するという事はあってはならないと思っています。
今回の問題についてネットニュースの記事で「犯罪歴のある漫画原作者を起用した問題」とタイトルが付けられ報道されていました。タイトルだけにとどまらず内容の方も起用した事を問題視・疑問視している様な記事でした。いやいやいや、違うだろ…と。
上述している内容の通り、犯罪者の社会復帰は認められるべきであり「犯罪歴がある人物を起用するとは何事か!」という論調はおかしいのです。マツキタツヤさんの場合、罪も償い反省も示されているということから作画担当、編集部(編集長他一部の編集者)にもマツキタツヤさんの情報は共有されその上での起用だったので私としては何の問題もないと考えています(ペンネーム変更について先にも述べた様に思うところはありますが)。一度でも罪を犯した者は更生を許されず徹底的に社会から排除されるというのは社会として大変恐ろしい事で社会としてあるべき形ではないと考えています。上述したことの繰り返しとなりますが、犯罪歴のある人物が漫画原作者として創作/エンタメ活動に関わることの是非は読者が判断すれば良いのです。当該作者の作品を見たくないと思えばただ個人で見ない選択すれば良いのです。起用することすら咎めて社会復帰の道を閉ざしてしまう/狭めてしまうのは不健全な社会であると考えます。なので私はマツキタツヤさんの復帰を誰に憚られることもなく全力で応援しますよ。
ただ、今問題になっているなんとか仮面の漫画原作者については全く別の話です。上述の内容の中で「罪の償い、更生・反省後であるというのは前提として」と書いている通り悔い改め反省・更生していることが大前提なのです。しかし件の漫画原作者は何の反省もみられない言動・態度であったり事件被害者の思いを踏みにじる様な行いや金で黙らせようとする行いには全く反省の色が感じられない…そういった状況での事件被害者を軽んじペンネーム変更、漫画原作者としての起用が行われており到底あってはならいことだと考えています。
犯罪歴のある人物の起用自体が問題なのではなく、事件被害者への真摯な対応/罪の償いを疎かにした/事件被害者を蔑ろにした手前勝手な行動が問題視されるべきだと思うのです。
決して一緒くたにして語ることではなく本質を見極めて議論して欲しいですね。
繰り返しますが、私は八ツ波樹作品応援しますよ。
思いがけずマツキタツヤの名を目にする事となり八ツ波樹作品の応援表明をしたかったので今回の件に触れた次第です。
以上