「メイドインアビス」 ~最新73話 ~感想

WEB公開された最新73話読みました。
という事で第73話の感想を述べていこうと思います。

 

 

今回は、謎が明かされたり新たな謎が提示されたりという事はあまりなく考察が捗るという感じのお話ではありませんでしたね。
物語的進展としては一応ナナチが復活?したというのがありますが…まぁその点についても思うところがあるので最新話のページ頭から順に語っていきたいと思います。

 


・「ごわごわ感覚」
特殊なコマの縁取りだったので、何か意味があるのだろう、強調したい言葉・コマの漫画表現なのだろうと思ってはいたのですが、まさかリコ・プルシュカの物語上の登場人物が異変を感じているというメタ表現だったとは驚きましたね。

この「ごわごわ感覚」の意味が明かされメイドインアビスガチ勢・考察ガチ勢が一斉に過去のごわごわを再確認した事でしょう…。

 

ただこの「ごわごわ」は考察するにはちょっと難しい・厳しいと感じるのですよね。「ごわごわ」が発生するトリガーが分からない…。
スラージョが「ハリヨマリ集」について語っている時や「禍文」という言葉が出た時、「カゴをカゴと思わなければ…」というコマであったりと一見特定の単語・ワードに反応しているようにも見えるのですが、「ハリヨマリ」という単語自体は上記以外のシーンでも発言されていますが「ごわごわ」は発現していないのですよね。という事はワードに反応している訳ではない?

 

 

例えば、何も知らない子供が(ベルチェロ孤児院の子供等が)おとぎ話の「鍵のない鳥かご」の話をしたとして果たして「ごわごわ」は発現するのか疑問ですよね。深界七層で特定のワードを発言すると発現するのか?特定の意図をもって発言すると発現するのか?「ハリヨマリ」「禍文」「鍵のない鳥かご」を発言しているコマだけで/言葉に反応している?と思われるコマだけで考察するのはちょっと厳しいと感じるのですよね。

 

 

 

・「奈落の底」に生きたまま到達する方法が書かれてる
過去の感想でも書いたことですが、リコやナナチ等のメインキャラが結論の様に推察を語るシーンは真である/本当の事であると考えています。


例えばリコがボンドルドに対してカートリッジの実験を命を響く石を創り出す過程で閃いたのだろうと推察するシーンやナナチがワズキャンの狙い(揺籃でリコ村創世)を企んでいる事を推察するシーン…、これらのメインキャラが語る推察は作者・つくし卿から読者への解答・種明かしであり、故にこれらは当たっている/真実であると考えています。

この事から、今回のリコの推察…ごわごわメッセージ、ハリヨマリ集、「本命」には奈落の底に生きたまま到達する方法が書かれてるというのも真実であると考えて良いと思います。

 


まぁリコの考えで間違っている部分もあるのですがね…。
ドニが言ってた「枢機の輪」で待っている誰か…、リコはライザが奈落の底の目前で立ち往生していると考えている様ですが、これは違いますよね。ドニがファプタと話してた時に「枢機の輪」で待っているのはライザではないと答えていたはず。リコはそれを忘れてるのかな?まぁドニが嘘をついてるという可能性もありますが(だとしても嘘つく理由は分からんけど)。

 

 

 

・リコの放尿シーン
劇場の大画面と音響でリコの放尿シーンを流すつもりのその覚悟、しかと受け取ったぜ!
過去の劇場版がPG12、R15+がついてましたが、今回の劇場版(来年以降の劇場版になるかな)はR18でやるのですよね、了解しました。

(冗談ですよ、何とか上手い事ぼかしながらやるのでしょうね…、それかまぁ特別重要なコマとは思えないので最悪カットもあり得るでしょうね、そこの制作側の判断もある意味楽しみに待ってたいですね)

 

 

・絶対安静のナナチについて
リュックに入ったナナチを最初に観た時は、絶対安静の動かせないナナチをなるべく安静に運ぶためのリュックなのだと考えていました。
(リュックの底板の下にあるリコのために作った何かは気にはなりましたが、ナナチの(取り敢えずの)復活を観て良かったぁとなってしまったのですよね)

 

で、次に気になったがシェルメナの脚…。アラカブキの衝撃波でバラバラに壊れたはずのサードワークスの脚。シェルメナの二人が立って歩いてるのを見て壊れたサードワークスの脚は直ったんだ/修理できたんだと観ていたのですがよくよく観ると脚がハッキリとは描かれていないのですよね…。
あれ?脚が視えないな/確認できないなと思ったら…、そう言えばナナチの脚も視えない…。そしてナナチのシェルメナへの小遣い発言、大事に使えよ発言…。
もしかしてナナチの脚ない?

 

ヤタラマルも、テンマク戦で砕かれたナナチの脚をもう歩ける状態に戻る事はないと言ってたし…、動かない脚、毒も回っている脚それならいっその事…という決断だったのかな、と。

リュックに入ってる意味、ナナチの脚が視えない意味もそういう事なのかな、と。


シェルメナへの小遣い・大事に使えよ、は脚の部品…骨をサードワークスの修繕に充てたとかかなぁ…。そうじゃないんだったらリュックの底板の下の何かをシェルメナに譲ったことを小遣い・大事に使えよと言ってるのかな?
それともリュックの底板の何かは元々はリコに使いたかったということなので(おそらくリコの腕を補強・補助する道具か?)それを自分(ナナチ)が使う事になって申し訳ない(「ちくしょう…」)という事で要らない脚を切り落としてジェントルノック的な物をナナチの脚につけてる?(それがもぞもぞ動いてる?)

 


ナナチの「こっからは訓練だ」やレグの「目が前向きだ…」と涙ぐんでの発言、ヤタラマルの反応やナナチの脚を見せない・描かない点を見てもナナチの脚がとんでもない事になっているという確証がどんどん強くなっていくのですよね…。
多分次回で明らかになると思うのですが、怖いですね。。。

 

 

で、ちょっと気になったというか引っかかったのがリュックナナチを観てのヤタラマルへのファプタの「どう見るそす」という問いについて。
なんか質問的にも(質問意図としても)ファプタっぽくないし質問対象者としても(リコやレグではなく)ヤタラマルへ問うのがファプタっぽくないと感じたのですよね。
(ヤタラマルの心境を語らせたかったのならテパステとかに「どう思うっすか?」という問いではダメだったのかなと思ったのですよね)

 

 

 

今回(第73話)の感想については取り敢えずこれで終わりにしようと思います、次回(74話)が怖待ち遠しいですね。

 

 

以上