劇場アニメ「君の膵臓をたべたい」 ~感想 ~実写版の感想も~

録り貯めしていた劇場アニメ「君の膵臓をたべたい」、同名の実写映画を一気観しました。
以下、多少のネタバレを含む感想となります。


アニメ版と実写版、当然の事ですが基本的には同じ内容となります。
その内容から感じた原作(小説)に対する評価と、その後にアニメ版と実写版の違いについて述べたいと思います。

 

まず内容(原作)についてですが、
この作品(原作)には、創作・物語の構成において自分が一番重きを置いている「納得」が無い造りになっているため、正直好きな話ではありません。

 

原作小説がやりたい事、伝えたい事・テーマにしたい事は分かります。しかしその「テーマ」は小説の様な創作・フィクションにおいてはテーマになり得ないんですよね。


そのテーマというのは、「人生何が起こるか分からない。いつ自分の命が、または周りの大切な人の命が失われるか分からない。だから一日一日を大切に、生きている事の素晴らしさを、命の尊さを理解し瞬間瞬間を一生懸命生きよう」みたいな事だと考えています。


しかし、これは創作・フィクションにおいてはテーマになり得ないんですよね…。
実際のリアルな人生において、交通事故に巻き込まれ命を落とす事、または急な病の進行で命を落とす事、そしてそれこそ通り魔などの事件に巻き込まれ命を落とす事もフィクションではなく現実に起きている事なのです。


現実に起きている「いつ何が起こるかわかない」「何の脈絡もなく突然命が失われる」をテーマに創作・フィクションを行おうとすると、創作において重要な「構成」が全く無いと同義・存在しないという造りになってしまうのです。


「構成」という「構成」が存在しないため、どのような題材であっても「いつ何が起こるかわかない」「何の脈絡もなく突然命が失われる」のテーマの話を、描こうと思えば描けます(創作・フィクションがエンタメとして成立していなくても構わないならば)。
例えば「青春部活動もの」であったり「恋愛もの」であったり「お仕事もの」であったり何を題材にしても同じテーマで描けはするでしょう。

 

 

青春部活動ものであれば…
野球が大好きな主人公が野球部のない学校に入学し野球部を創る事から始め、一人ひとりメンバーを集めて行き、何とか9人集まって練習試合を行なったらボロ負けし、その悔しさをバネに猛練習し夏の予選でリベンジを果たしその後も準決勝まで勝ち進み甲子園が見えてきた~というような内容を序盤から終盤まで描いておきながら、最終章で主人公が試合に向かう途中、交通事故に遭って命を落とすという展開

…「人生何が起こるかわかない」

 

 

恋愛ものであれば…
幼馴染の二人がお互いに想い合っていながらも周りの目を気にしてなかなか素直になれず、そうこうしている内にお互いに恋のライバルが現れその関係にやきもきし一悶着ありながらも何とか落ち着き、ついには数年越しの想いが叶うという内容を描いておきながら、最終章にて、初めてのデートへ向かう途中、通り魔に襲われ命を落とすという展開

…「何の脈絡もなく突然命が失われる」

 

などの、
現実において「いつ何が起こるかわかない」「何の脈絡もなく突然命が失われる」という事があり得るからといって、この様な「納得」のない物語を『創作・フィクション』でやられてもエンタメとしては無価値で全く評価できないのです。

 

テーマになり得ない、という事を分かっていてそれでもこの作品(原作)は、これを「テーマ」にしようと、そのための工夫をしている点も分かります。


この作品(原作)は「何が起こるかわからない」『人生』を「リアルな人生(80~100年の人生)」ではなく「1年(病気のための寿命・余命)」としています。


そうする事で「人はいずれ誰でも死を迎える」→「1年後、病気のために死ぬ」運命にあるヒロインのミクロ人生を見る事になります。映画を観ている(小説を読んでいる)側はいずれ訪れるヒロインの死・人生の終わりを予感するのです。


その中で突然訪れる、病気によって迎える寿命ではない・寿命より早く訪れる突然の死…通り魔に襲われるという「人生何が起こるかわからない」という悲劇でテーマを描こうとしています。


原作を読んだ事はありませんが、この原作が評価されているのなら「テーマになり得ないテーマ」をミクロ人生を描く事でテーマにしようとした事が評価されているのかなと感じました。…読んだ事ないので分かりませんが、もしかしたら作中の心情描写の妙が評価されているのかも知れませんが…。

 

 

しかし、通り魔による突然の終わりにはやはりエンタメ作品として「『納得』がない」のです。…物語冒頭からニュース番組内で通り魔の話題が出ているという、伏線にならない伏線がありますが、それは話の展開の「納得」にはほど遠いのです。
やはりエンタメとして創作・フィクションが構成・構築できていない点は評価できない事となります。

 

 

 

実写版について、
アニメ版か実写版かどちらかを観るなら、断然アニメ版の方をお薦めします。アニメ版の方が何倍も良い作品です。

 

実写版は、アニメ版のその後(おそらく原作小説のその後)を描いていて、主人公は教師になっています。別に職業、教師である事は構いません。


問題は、ヒロイン亡き後、主人公は学校を卒業して教師になって以降もずっと停滞しているという事。そして、その停滞から動き出すきっかけがヒロインが亡くなる前に遺した手紙であるという点です。


手紙(遺書)で、主人公に対し変われと書いてあったから主人公は行動を起こし停滞していた状態から動き出すという話の構成がアホなのです。


つまり、実写版の主人公はヒロインとの出会いを通じその中で自発的に変わっていったのではなく、手紙・遺書に書かれていたヒロインの言葉によって変わったという受け身の状態であり、それで果たして本当に変わったと言えるのでしょうか?


対してアニメ版の方では、主人公はヒロインとの出会いの中で少しずつ変化していき自ら変わっていくという描かれ方がされていますが、実写版ではヒロイン亡き後も自分の殻に閉じ籠ったままで、ヒロインの手紙・遺言だから・最後の願いだから~ようやく行動するという描き方なのです。


よくこんな何の解決にならない様な展開・自分の意志ではなく手紙の言葉によって何とか行動を起こす・主人公が本当の意味で成長しないような物語を創ろうと考えるなぁと…、この実写映画の監督・脚本が何を考えてわざわざ原作にはないと思われるオリジナル展開を創ろうと思ったのか、何故これで良いと考えたのか微塵も理解できません。


そういう全く意味の分からない蛇足である「その後」を作っている実写版は観る必要はないという見解です。

 


以上


(2020年10月15日01:02mixi日記投稿分)