アニメ「よふかしのうた」 ~感想

録り貯めしていたアニメ「よふかしのうた」を一気観しました。
以下、多少のネタバレを含む感想となります。


まず第1話を観て思ったのは、この作品はシャフト制作かな?でした。
正確に言うと、カメラワークを観てシャフトっぽいと感じたのですよね。
カメラワークは確かにシャフトだと感じたのですが、「っぽい」と感じた理由は本当のシャフト演出(新房演出)では背景を記号的描くからね…。
しかし、今作の背景は記号的には描かれていなかったのであくまで「っぽい」と感じた訳なのです。

 

で、監督か作監(総作監)がシャフト関係者かな?と思って調べたらビンゴ…、監督の板村智幸さんて方はシャフト、特に物語シリーズに携わられてたみたいね…なるほどそりゃシャフトっぽいと感じるのも納得ですわ。

今作の背景演出はシャフト(新房演出)っぽくないのが良くて、さらにあの夜の街の雰囲気の紫を基調とした独特の表現が面白かったですね。新房演出なんかより全然良いですよ。
(何話だったか忘れましたが、道路標識を背景にしたあの映像はまんまシャフト演出(新房演出)味を感じましたがね)

 


で、演出面の話はここまでで、続いてお話の内容や設定面について。
まず、第1話を観て疑問というか混乱したのが主人公の性格設定。
主人公は不登校になる前までは「学校生活を上手くやっていた」と語るのですが、その後の話で友達が一人もいないみたいな話になり「え?」と混乱させられます。
主人公の言う「学校生活を上手くやっていた」というのは何だったのか?ただ良い成績を取っていたというだけの事だったのか?
…しかし、「学校生活を上手くやっていた」旨を語る時のイメージ映像では友達らしき人物が主人公の机を囲んだりしていたのでそういう訳でもなさそう…、
と主人公の語る内容がちぐはぐ、イメージ映像(実際の教室風景の映像を切り取ったのかも知れない)も噛み合わないと初っ端から混乱しっぱなしなのです。
なんなの?結局主人公は成績が良いだけの陰キャという事なの?それとも学校・教室で仲良くしていた奴ら(イメージ映像の人物)は友達ではなくただ学校・教室でぼっちにならないためだけの表面上仲良く話をする関係だったという事なのかね?
と「上手くやっていた」発言の意味がよう理解できんまんま話が進むのよね。。。序盤の、それも主人公という大事なキャラの紹介・説明に繋がる話で混乱させる様な事やめて欲しいわ。。。

 

 

続いて、主人公のキャラだけでなくヒロインの吸血鬼のキャラもよう分からん。
下ネタは好むがウブなのか自分の恋話は照れる、しかしキスは平気…とその照れポイントがよう分からんキャラだと感じるのよ。

 

作者は本当にしっかりとキャラ設定できているのだろうかね?主人公といいヒロインといいブレブレでキャラがよう分からんのよね。
そして、キャラがよう分からんまんま会話をするからその内容にも納得がない(あ~このキャラならこういう反応するよね、こういう事言いそう、という説得力・納得がない)のです。
この作品は会話劇の様な側面があるのですが、上述している様にキャラもろくにできていない人物同士が繰り広げる会話劇なんてなんの面白みもテンポの良さというものも感じないのですよね。
よく知らない人たちがただ喋っているだけ、なのよ。会話劇を作るならまず何よりもキャラをしっかり造らないと…。。。

 

「だがしかし」の頃から思ってたけど、この作者はお話の構成とかキャラ設定があまり上手くないのよね。

 

今後のストーリー展開ってどうしたいんだろね?吸血鬼関連メインでやって行くのかね?それとも思春期的な成長や恋愛メインでやって行くのか、その方向性すら見えんからね。ストーリーにしても、キャラにしてもブレブレに感じてしまうのよね。

 


アニメーションとしての映像は面白く感じたけど、上記の様なブレブレ感が残念で
作品の評価としては、可もなく不可もなくとなります。


以上